- はじめに
ここでの「戻り流れ」とは,砂浜上の「戻り流れ」を
いいます.
波は砂浜上を駆け上がり,流下しますが,その流れはとても強く,簡単に転倒し,海へ
流されてしまいます.よって,砂浜の上にいるからといって決して安心はできません.
ここでは,この戻り流れについて解説します.
■広い意味での「戻り流れ」
戻り流れは,固有名詞ではなく,例えば海岸工
学の分野では,波浪など沖から海岸方向へ入射した海水が,力学的バランスを保つた
めに沖へ戻ろうとする流れの扱い等で使用する事があり,様々
な現象でこの言葉が使用されています.
■砂浜上の「戻り流れ」
ここでは,汀線付近の海水が,波浪の「押し波」「引き波」の運動から離れ,砂浜を遡上
し,その後,自然流下で海へ戻る時の流れを「戻り流れ
」と定義しています.
■離岸流と戻り流れは「同時発生しない」
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上空からの映像
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戻り流れの動画(UAVで上空から撮影撮影)
画像クリックで動画再生(YouTube)
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戻り流れの動画(UAVで上空から撮影撮影)
画像クリックで動画再生(YouTube)
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戻り流れの動画(UAVで上空から撮影撮影)
画像クリックで動画再生(YouTube)
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- 遡上する波で転倒する様子
■■注意!!■■
水難学会事故調査委員会の方々との実験です.
波に巻き込まれた場合の対処法などを熟知した指導員が,大勢のバックアップがある
条件下で実験をおこなっています.
波の高さはいつも同じではありません.
小さい波が続いた後に大きな波となったりします.
もし,小さい波の時に波打ち際にいたとしても,突然大きな波が来たら,それで転倒させ
られてしまう可能性があります.
一度転倒すると,砂浜を遡上した波が海へ流下していく「戻り流れ」で,どんどん海へ流
されてしまいます.
更に,波打ち際まで流されると,今度は頭上から波が覆い被さってきます.
このようになると,脱出はかなり困難な状況となってしまいます.
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波の遡上で転倒する様子
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小さい波の後に大きな波が砂浜を遡上してきて,
その勢いで転倒してしまいます.
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波の遡上で転倒する様子
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時々来る大きい波で転倒してしまう様子です.
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- 戻り流れからの脱出実験
■■注意!!■■
水難学会事故調査委員会の方々との実験です.
波に巻き込まれた場合の対処法などを熟知した指導員が,大勢のバックアップがある
条件下で実験をおこなっています.
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戻り流れからの脱出実験の様子
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砂浜を上がろうとしても,戻り流れで押し戻され,更に,
頭上から波が覆い被さってきます.
- 戻り流れが発生する海岸の特徴
一般的な海岸(緩勾配海岸)
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波は汀線(海岸)から離れた沖で砕波し,減衰しながら海岸へ到達します.
波が海岸へ到達した時には,波高は小さく,砂浜を遡上する流速も
小さくなっています.
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戻り流れが発生する海岸(急勾配海岸)
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@砂浜の勾配が急,砂が粗い
普通の勾配の海岸よりも勾配が急です.
また,砂の粒径も普通の海岸よりも大きくなります.
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A砕波帯が狭く海岸の目前で砕波
波は汀線の目前で砕波します.
その結果,波はそのままの勢いで海岸を駆け上がります.
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波は汀線付近で砕波しています.
また,波高がとても大きくなっています.
B短波長ビーチカスプの存在
戻り流れが発生する海岸では波長が数十メートル程度の波長が短いビーチカスプ
(上下に高低差がある褶曲地形)が形成される事が多いです.
これにより,戻り流れは窪地に集まり,「櫛(くし)状の流れ」となる事が多いです.
この場合,流下する水の高さや流速は更に増大します.
※離岸流が発生するビーチカスプの波長は100〜200m程度です.
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- 戻り流れ・遡上波の流速,水の高さ
2014年5月に,新潟県の上下浜海岸で発生した水難事故時では,砂浜を駆け上がり,
流下する海水の流速や厚さはどれくらいあったのでしょうか.
実際に事故が発生した時と同じ海象となる日を探して調査を行うのも,さらに計測をする
のも困難なので,シミュレーションを行い,流速や水の高さを推算しました.
下図に波高1m,周期7.8秒の波を入射させた時の,汀線から
10m陸側での流速と,水の
高さを示します.
図で,左軸は砂浜上を移動する海水の高さ,右軸は海水の流速を示し,プラスは遡上
する方向,マイナスは流下する方向を示します.
流速
1波目の海水が砂浜を遡上する時に最大で約6m/sとなっています.
また,砂浜を流下する戻り流れの流速は約
2m/sとなっています.
水の高さ
2波目の海水が遡上する際に流下する流れと衝突し,0.8m程度になっていま
す.
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私達の研究成果では,砂浜上を流れる水の高さが40〜
50cm程度以上になると,流速が2m/s
程度以上になり,大人でも転倒
してしまうことが分かっています.
具体的には,砂浜の勾配が1/10よりも急
で,波高が1m以上の時に,砂浜を遡上する
海水の高さは40cm以上となり,
流速は2m/s以上となります.
つまり,波高が1m程度のときでも,水際に近
づくのはとても危険です!
- 汀線付近の波の鉛直構造
汀線付近の波の挙動を示します.
沖から汀線へ到達した波浪は,砕波せずに汀線へ衝突し,そのまま海岸を「遡上/流下」
します.
この流下する流れが戻り流れです.
波が汀線へ到達する時には,汀線付近の海水が沖へ運ばれますが,これは
引き波です.
戻り流れと引き波の違いに注意してください.
汀線付近の砕波帯では,海水は鉛直方向に循環(回転?)しています.しかし,循環し
ているのは砕波帯だけで,その沖側はほぼ水平2次元となり,海底を沖に流れる
逆潜流は発生しません.
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挙動の概要
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シミュレーション
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- 砂浜を流下する戻り流れに関する
研究について
2014年5月4日に,新潟県上越市柿崎区上下浜海岸において,突然襲来した高い
波浪が海岸を遡上したことで児童3名が海へ流され,救助に向かった大人2名を
含め5名が死亡する事故が発生しましたが,この事故発生で所謂「戻り流れ」の
言葉が認識されるようになりました.
この上下浜海岸は,前浜勾配が1/10勾配程度で,一般的な海水浴場の海岸よりは
勾配が急です.また,このような海岸では,長さが数十メートル程度のビーチ
カスプ(上下に高低差がある褶曲地形)が形成されています.
このような海岸では,波が砕波せずに砂浜を遡上し,それが戻り流れとなって砂浜を
流下します.
この流れの挙動がどうなっているのか,このカスプ地形はどのような条件で生成されるの
かを明確にするために,継続的に研究をおこなっています.
戻り流れに関する研究成果(発表論文)
- Naoyuki Inukai, Masaya Shinohara, Tokimitsu Ochiai and Hiroshi Yamamoto,"ANALYSIS OF WAVE RUN UP DYNAMICS AT JOGEHAMA BEACH JAPAN",Coastal Engineering Proceedings, American Society of Civil Engineers (ASCE),Vol. 36,papers.68_pp.1-pp.10,2019.
- 犬飼直之,塚田佳樹,山本浩,"新潟県上下浜海岸におけるカスプ地形の生成要因に関する研究",土木学会,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 74,No.2,I_1405-I_1410,2018.
- 小池悠斗,犬飼直之,山本浩,"小カスプを形成する海浜での地形形状の生成条件に関する研究",土木学会,土木学会関東支部新潟会研究調査発表会論文集, 第36巻,pp.124-pp.127,2018.
- Naoyuki Inukai, Masaya Shinohara, Tokimitsu Ochiai and Hiroshi Yamamoto,"Analysis of Wave Run Up Dynamics at Jogehama Beach Japan",Book of Abstracts, 36th International Conference on Coastal Engineering (ICCE2018),American Society of Civil Engineers (ASCE),Vol. 36,wave.14 p.1,2018.
- 犬飼直之,篠原将也,小池悠斗,塚田佳樹,山本浩,"波浪が砂浜を遡上し水難事故を発生させる可能性のある新潟県内の海岸の抽出",土木学会,土木学会論文集B3(海洋開発),Vol. 74,No.2,I_127-I_132,2018.
- Naoyuki Inukai, Masaya Shinohara and Hiroshi Yamamoto,"Extract Wave Run Up Beach in Niigata prefecture, Japan",Proceedings of the Twenty-eighth (2018) International Ocean and Polar Engineering Conference, The International Society of Offshore and Polar Engineers (ISOPE),Vol. 28, pp.1298-pp.1303, 2018.
- Naoyuki Inukai, Kazuki Ogawa, Yoshifumi Ejiri, Takeshi Ootake and Hiroshi Yamamoto,"Wave Run Up Dynamics in Jogehama Beach, Niigata Prefecture Japan",Proceedings of the The 9th International Conference on Asian and Pacific Coasts (APAC2017), Vol. 9, pp.71-82, 2017.
- 犬飼直之,篠原将也,山本浩,江尻義史,大竹剛史,"砂浜を遡上する波浪で水難事故が発生する可能性のある新潟県内の海岸の把握について",土木学会,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 73,No.2,I_1471-I_1476,2017.
- 犬飼直之,落合時光,小川和真,嶋田拓斗,山本浩,"平成26年5月に新潟県上下浜で発生した水難事故時の遡上する波浪の動態把握について",土木学会,土木学会論文集B2(海岸工学),Vol. 72,No.2,I_1651-I_1656,2016.
- 犬飼直之,篠原将也,嶋田拓斗,"平成26年新潟県上下浜海岸水難事故時の砂浜を遡上する波浪の鉛直構造の把握",土木学会,土木学会関東支部新潟会研究調査発表会論文集, 第34巻,pp.94-97,2016.
- Naoyuki Inukai, Kazuki Ogawa, Yoshifumi Ejiri, Takeshi Ootake and Hiroshi Yamamoto,"Wave run up dynamics at Jogehama beach",Techno-Ocean 2016 International Symposium, pp.603-611, 2016.
- Naoyuki Inukai, Yoshifumi Ejiri, Takeshi Ootake and Hiroshi Yamamoto,"A Study on the Wave Run Up Dynamics in Jogehama Beach, Niigata Prefecture Japan",Proceedings of the Twenty-sixth (2016) International Ocean and Polar Engineering Conference,The International Society of Offshore and Polar Engineers (ISOPE),Vol. 26,pp.611-618,2016.
- 犬飼直之,小川和真,江尻義史,大竹剛史,山本浩,"平成26年新潟県上下浜海岸水難事故時の砂浜を遡上する波浪の動的特性",土木学会,土木学会論文集B3(海洋開発),Vol. 72,No.2,I_898-I_903,2016.
- 犬飼直之,小川和真,嶋田拓斗,山本浩,"平成26年5月の新潟県上下浜での水難事故時における波浪の鉛直構造について",水難学会,第6回水難学会学術総会予稿集,季刊ういてまて,第11巻,第2号,pp.29,2016.
- 犬飼直之,落合時光,櫻井龍亮,"平成26年5月に新潟県上越市柿崎区上下浜で発生した水難事故時での事故状況の把握について",土木学会,土木学会関東支部新潟会研究調査発表会論文集, 第33巻, pp.144-147, 2015.
- 犬飼直之,江尻義史,大竹剛史,山本浩,"平成26年5月に新潟県上越市柿崎区上下浜で発生した水難事故時での砂浜を遡上する波浪の動態把握について",日本船舶海洋工学会/日本海洋工学会,海洋工学シンポジウム論文集,第25巻,OES25-086,pp.391-397, 2015.
- 犬飼直之,山本浩,江尻義史,大竹剛史,"平成26年5月に新潟県上越市柿崎区上下浜で発生した水難事故について",水難学会,第5回水難学会学術総会予稿集,季刊ういてまて,第10巻,第2号,pp.25,2015.
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