■津波と波浪の違い
よくある質問で,「天気予報などで波高3-4mの波浪注意をよく聞く事があるし,波高50cmや1mの津波と言われてもその怖さがよくわからない」という事があります.
たしかに波高50cmの波浪は海水浴には支障がない波高ですから「危ないから海岸に近寄るな!」と言われてもピンとこないのは良く分かります.
そこで,ここでは同じ波高の時の波浪と津波の波形の模式図を示してみました.
図のとおり,波浪は数秒ごとに波が到来しているのに対し,津波では水の壁が大量に押し寄せている様子がわかると思います.
どうしてこの違いが生じるのかというと,それは水面が1回上下する時間(波の周期)が波浪と津波では違うからです.
波浪の周期は通常は太平洋側では10秒程度となりますが,津波の周期は日本近海で発生する通常の近地津波で数十秒〜数分,チリ津波など遠地津波では数分から1時間以上にもなる場合があります.
つまり,波浪の場合は数秒という短時間で波に押されたり引かれたりするのですが,津波の場合は水位が上昇始めるとそれが何分も継続するわけで,例えば波高1mの津波であれば1m近い水の壁が何分間も押し寄せる事になるのです.それにより多くの物が破壊され流されてしまいます.更に恐ろしい事に,陸上へ遡上した水や湾内の水は今度は何分間にもわたり海へ流出し続けます.これに流されてしまうと沖へどんどん流されてしまいます.このため多くの人命が失われてしまうのです.
また,波が進む速さですが,波浪も津波も3m程度の浅い場所では波が進む速さ(波速)は水深によって決まり,水深が大きくなるほど波速は大きくなります.例えば水深が3mの時の波の進行速度は波浪も津波もほぼ同じで秒速5.4m(時速19.4km),水深が1mでは毎秒3.1m(時速11.2km)です.これは皆さんの住んでいる近くを流れる川の速さと比べてみてどうでしょうか?また,皆さんはこの川に入り流れに逆らって立っている事ができるでしょうか.
このように,津波は1回の押し波・引き波で水面が上昇してまた下降する周期が波浪よりも何十倍も大きいので,1回の押し波・引き波で移動する水の量が波浪よりも膨大に大きくなります.
言い換えれば,津波は波浪よりも小さい波高でも多くのものを破壊し押し流してしまうエネルギーを有するので,例え波高50cm程度の小さいと思われてしまう津波でも水面下では急な流れが生じている場合があり,地形条件によっては更に増幅され渦巻き状の異常流となり,これが漁港内の漁船を転覆させる場合もあります.
実際に,2006年(平成18年)11月15日日本時間20時14分頃に千島列島沖で発生したM7.8の地震では津波が発生し,北海道南東部および東北東部沿岸域では30-60cmの津波が観測されました.この津波は水位変動としては小さかったのですが,例えば只超漁港(宮城県気仙沼市唐桑町)では,波が渦潮のように渦巻く流況となり,これにより3隻の漁船が転覆し,宮城と岩手では合計8隻の漁船が転覆しました.
以上のことより,津波が到来する恐れのある場合には,たとえ水面では大きな変動はないように見えても水面下では人間が近づくにはとても危険な流況となっている恐れもあるので,海辺に近づく事は絶対に避けるようにしてください.
■津波シミュレーションモデルの紹介
地球は球状です.
これにより,赤道上では東西方向の経度の単位長さは約111.7kmですが,日本付近の北緯36度では約90.3kmとなり,緯度が大きくなるにつれて,経度の単位長さは短くなります.
つまり,と単位経度あたりの長さは緯度ごとに異なるので,地球上の広い領域を伝播する津波のような現象は,通常の直交座標では正確にその挙動を把握することができません.
よって,ここでは球面座標系を採用しています.
本システムでは,地震速報で得られた震源の緯度・経度および地震エネルギーを入力すると,システム内での津波発生点および,おおよその海面変動量を自動計算し,約10〜30km四方の海域を約20-30秒かけて変動させて津波を発生させ,その津波が伝播していく様子をシミュレーションしています.
本システムは津波速報を目的として作成しており,日本近海で発生した近地津波では1時間程度,南太平で発生した遠地津波では2時間程度でシミュレーションを終了させる事ができます.
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図- 球面座標系
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■震源と地震の規模による津波発生の有無の判断基準の再考
沿岸域で地震が発生した場合には,津波来襲の可能性を迅速に判断する必要があります.
地震規模と津波の発生限界についての関係については,代表的なものとして1950年代に飯田により導かれた直線(図-3中,青色直線)が広く普及していました.
これによると次の事がいえます.
@マグニチュード6.4以下の地震では津波は発生しない.
A震源位置が深くなる程,津波が発生しにくくなる.
しかし,例えば図-1は飯田式が完成した1950年の津波発生時の地震規模と震源深さの関係であり,図-2は2000年の関係です.両図中の直線は飯田式による直線です.
これらの図を比較すると,1950年では飯田式はほぼ関係を網羅していたのに対し,2000年では観測精度が向上したり地震発生数情報が増加した事により関係に変化が生じており関係を網羅できていません.
図-1 津波が発生した地震規模と震源深さの関係(1950年)
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図-2 津波が発生した地震規模と震源深さの関係(2000年)
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そこで,ここでは新たに津波が発生する際の地震規模と震源の深さの関係を見直す事としました.
作業方法は,地震年報を利用し,過去85年間の地震データの中からマグニチュード5.5以上のものを抜き出し,年ごとに日本周辺地形図にプロットし,その発生分布を図示しました.(図-3:例として2007年版)次に,震源地が海底以外のものを除去しました.
図-3 M5.5以上の地震発生場所(2007年)
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加えて,データは同一震源地においてマグニチュードが最も大きい地震を,津波を伴った地震として記録していると見受けられるため,同一震源地の地震についてはデータを1つだけ採用しました.この結果,日本周辺において2776個のM5.5以上の地震を抽出しましたが,このうち実際に津波を発生させた地震は146個でした.
よって,これらのデータをそれぞれプロットすると図-4のようになります.
図中,黄色玉は津波が発生した地震であり,黒玉は津波が発生しなかった地震です.また,青線は今までの飯田式による直線であり,赤線は今回の関係より求められた「津波が発生する最低ラインの関係式」です.
このように新たに作成した図をみると,今まで津波は発生しないとされていた領域内(以下、「安全域」と記載)でも多数の津波を伴った地震が発生しているのがわかります.
そこで,津波を伴う地震の震源深さとマグニチュードの関係性をもう一度見直し,新たに地震の震源深さとマグニチュードと津波の発生の有無の関係を求め直した結果,次のような式を得ました.
M = 0.005092 D + 6.210526 式(1)
また,これを図-4中に示すと赤色直線のようになりました.
図より,次の事がいえます.
@マグニチュード6.2以下の地震では津波はまり発生しない.
A震源位置は70km程度であれば津波は発生する.
図-4 地震規模と震源深さ,の関係
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